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里の秋

 以前、「久米宏ラジオなんですけど」という番組で、久米宏が子供時代に延々行方不明の人の名前や特徴、いなくなった場所などを読み上げて、その人の情報を募るラジオ番組があったと紹介していた。その番組は「尋ね人の時間」といって、太平洋戦争の混乱で生き別れた人や復員してこない人の消息を尋ねるもので、戦後長い間放送を続けられていたとも述べていた。1960年代生まれの僕はその番組を聴いたこともなかったし、その存在も知らなかった。太平洋戦争の直接的傷も持ち合わせていない。しかし、母から聞いた東京大空襲の恐ろしさや僕自身が目にした傷痍軍人の痛々しい姿などで子供心に戦争というのは悲痛なものなんだなとなんとなく感じていた。そのためか、「尋ね人の時間」のことが心に引っかかっていた。

 「尋ね人の時間」は1946年7月1日から1962年3月31日まで15年以上にもわたって放送されていた。放送期間の長さとその内容からこの時代に生きる人たちにとっては久米少年同様、印象に残る番組だったのだろう。この番組以外に尋ね人の対象別に「復員だより」(放送期間:1946年1月~1947年2月)、「引揚者の時間」(同:1947年7月~1957年3月)というのもあった。

 実は今回取り上げる童謡「里の秋」は「復員だより」のテーマソングとしてヒットした。初演は「復員だより」開始前月の1945年12月24日放送のNHKラジオ番組「外地引揚同胞激励の午后〈ごご〉」であった。この番組は復員兵を励ますもので、彼らに歓迎と慰労の意を伝えるためにこの「里の秋」が小学校5年生の川田正子によって歌われた。放送後反響があり、翌日も川田正子はマイクの前で歌ったそうだ。それほどまでに当時の人々の胸を打つ内容だった証である。 この歌を企図したのは作曲家の海沼実(1909年1月31日~1971年6月13日)である。彼は戦前から「お猿のかごや」(1938年)、「あの子はたあれ」(1939年)、「からすの赤ちゃん」(1941年)などの童謡を発表し、ヒットを生み出している。戦中は多くの歌手、作詞家、作曲家が疎開して東京を離れる中、毎日のように内幸町にあるNHKのスタジオに通って、童謡を放送し続けた。そして戦後は「見てござる」(1945年)、「里の秋」(1945年)、「みかんの花咲く丘」(1946年)など戦災に苦しむ子供たちの気持ちを明るくする童謡を作り、再びヒット曲を連発するのであった。彼は時代を見つめ、言葉を大切にし、優れた詩を求め、童謡を作 り続けた。

 その海沼が斎藤信夫から手紙で受け取った詩「星月夜」を見いだし、1945年12月中旬電報で彼を呼び出し、期日までに1、2番はそのままでよいから3、4番をひとつにまとめ、あらためて3番の歌詞を書き直してほしいと依頼したのだ。斎藤信夫(1911年3月3日~1987年9月20日)は戦前尋常小学校の先生をしながら、童謡を教材雑誌に投稿していた。1941年開戦の高揚感から数編の詩をものにした。その中から「星月夜」を選び、海沼実ほか何人かの作曲家へ郵送したが、当時返事はなかった。「星月夜」の1、2番は「里の秋」とほぼ同じだが、3番は戦地の父を励まし、4番で子供である自分が大きくなったら、立派な兵隊になるという時局柄戦意高揚の内容となっている。しかし、敗戦後もちろんこの内容では歌うことができない。こうして、3番の改作を海沼は斎藤に依頼したわけである。全く真逆の着地をしなければならない、斎藤は呻吟した。結局、完成したのは放送前夜。当日放送局で待っている海沼のもとへ新「星月夜」を持って駆けつけた。それを見た海沼は2番の歌詞“星の夜”を“星の空”に、タイトルを「星月夜」から「里の秋」に変更しようと提案し、初演を果たしたのである。

「里の秋」の3番はまだ戦地から帰ってこない父の無事を母と一緒に祈る内容となった。まさに「復員兵激励番組」や「復員だより」のテーマに沿ったものである。そして、この3番があるからこそ、1番で“母と二人きりで栗の実を煮ている”ことが胸に沁み、2番の“栗の実を食べて父の笑顔を思い出す”ことに胸切り裂かれる。当時同様の境遇の人々が多く、広く深く共感を呼んだからこそ「里の秋」は愛唱歌になった。歌とは時代のものであると強く強く感じる。

「里の秋」

1番

しずかなしずかな 里の秋 お背戸に木の実の 落ちる夜は

ああ かあさんと ただ二人 栗の実煮てます 囲炉裏ばた

2番

あかるいあかるい 星の空 鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は

ああ とうさんの あの笑顔 栗の実食べては 思い出す

3番

さよならさよなら 椰子の島 お船に揺られて 帰られる

ああ とうさんよ ご無事でと 今夜もかあさんと 祈ります

「星月夜」

1番

しずかなしずかな 里の秋 お背戸に木の実の 落ちる夜は

ああ かあさんと ただ二人 栗の実煮てます 囲炉裏ばた

2番

あかるいあかるい 星の夜 鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は

ああ とうさんの あの笑顔 栗の実食べては 思い出す

3番

きれいなきれいな 椰子の島 しっかり護って 下さいと

ああ とうさんの ご武運を 今夜も一人で 祈ります

4番

大きく大きく なったなら 兵隊さんだよ うれしいな

ねえ かあさんよ 僕だって 必ずお国を 護ります

マツカン 里の秋

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