top of page

原点回帰~初心忘るべからず SIAT編その2

 さて、前回はブログ投稿者・松本が管楽器修理の道に進んだ動機とその第一歩としてスクールに通うことを決意したところまでご案内しました。いよいよ、通学初日です。ときは2009年4月6日、月曜。場所は神奈川県伊勢原市にあるSIAT(湘南管楽器リペアスクール)。天気、晴れ。新しい旅たちにふさわしい天候です。

 成人になってからだいぶ時を経て、学校に通いはじめた方、なにか新しいことを学びはじめた方なら、お判りのとおり、初日というものはなかなかに緊張します。社会人生活を長いこと過ごすと、いい意味でも悪い意味でも日々同じことの繰り返しが多くなります。ルーティンは熟練を意味しますが、ときには馴れ合いを示唆することもあります。もちろん、社会人でも転勤、異動など大きな変化や、それほどでもなくても、日々細かなことでは新しいことの連続です。でも、社会人と学生(物を学ぶ人)では立場がガラリと違います。果たして、久しぶりに体験する学生という立場に適応できるのか不安は募るばかり。

 そんな不安と緊張の中、始業時間30分ほど前の9時過ぎ、SIATに到着。ここは楽器店のオーナーが後進育成の為開いたスクール。店の一画に15㎡ぐらいのスペースの教室があります。お店の敷地を通って、その教室に入ると、すでに3人の生徒さん達がいました。結局、僕を含めて4人がこれから半年間ここで管楽器修理を学ぶのです。先生が来るまでの20分ほど誰からともなく自己紹介。歳も出身地もバラバラ。今春高校を卒業したばかりの宮城県出身のHさん、30代宮崎県出身のMさん、僕より1歳年長の静岡県出身のOさん、そして、東京出身40代の僕。全員男性。むさくるしいと言えば、むさくるしいけれど、遠慮なく話せる雰囲気が気楽でした。また、同じ道をこれから歩む同志として、年齢に関係なく、敬意をこめて、自然とみんな、“さん付け”で呼び合う感じにも好感を持てました。緊張感が少しほぐれた感じがしました。

 9時半にS先生が教室に入ってきました。年のころ60代、少しやせ型の中背、口髭をたくわえ、銀縁メガネをかけたダンディな先生です。よく通る声がダンディさに磨きをかけています。少し、辛辣で厳しいことをおっしゃるけれど、決して堅物ではなくユーモアのセンスを持っている人だなぁというのが第一印象でした。先生が軽くこれから半年間のカリキュラムの説明をした後、お互いの自己紹介をじっくりしました。

 宮城県出身のHさんは中高とずっと吹奏楽部でトランペットを吹いてきたとのこと。高校は地区予選で金賞を取るほどの強豪校。仲間たちは音大に行く人が多かったが、自分は早く社会に出たいという気持ちもあり、管楽器修理という立場で音楽にかかわりたいと考えて、このスクールに来たそうだ。

 宮崎県出身のMさんは趣味でアルトサックスを吹いていた。そしてこれから先のことを考えたらサラリーマンでずっとやっていくことに疑問を感じ、違う道を模索。地元に管楽器を修理してくれる店がなく、博多まで足を延ばしたり、東京まで楽器を送ったりと不便を感じていたので、管楽器修理にビジネスチャンスの可能性を見出し、この道を選んだとのこと。

 静岡県出身のOさんは高校で吹奏楽を熱心に取り組み、卒業後もその学校へ指導に行ったり、市民バンドでサックスを吹いていた。Mさん同様サラリーマン生活を続ける以外選択肢を探す中で、ずっと自分がやってきた音楽に携わる仕事が良いのではないかと思い、管楽器修理をやろうと決意した。

 僕は前回のブログでも書いたとおり、サラリーマン生活への限界を悟り、人生の先輩に相談した際に管楽器修理の仕事を紹介してもらった。もともと手を動かすことは好きで、音楽も聴くのは好きだったので、この道に進もうと思い、このスクールに来たと自己紹介した。自分で自己紹介をしながら、他の3人と比べて、管楽器の演奏経験のないことがとても引け目に感じた。この“管楽器の演奏未経験”が、これから先、節目節目で僕の前に大きく立ちはだかるのですが、それは、おいおい、書いていきますね。

 この日の昼休み、Hくんが吹いたトランペットの音色がとても美しかったのを今でもはっきりこの耳に残っています。

特集記事
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page